20.
第七話 知らない方がいいこと
ずっと受け身になっていたカオリにやっとチャンスが訪れた。
カオリ手牌 切り番
三伍六①③④④④23469西 ドラ四
ドラはないけどドラの受け入れは整っている配牌リャンシャンテンだ。第1打は9索という人が多そうな手だが、カオリの選択は――
打西
23469のこの5枚が活躍する手順をカオリはこの時イメージしていたのだ。
(ふうん。9索じゃないんだあ)マナミが後ろから見ながらそう思う。
(私なら二三四四伍六②③④④④234の形を目指すから9索とかは捨てちゃうけどな)と思いながら見ていたがそんなのはカオリだって同じだ、だがカオリは他の可能性も考えていた。
ツモ8
打①
ツモ7
打三
カオリ手牌
伍六③④④④2346789
いきなりいいのを2つ引いた。だがスルスルと手が進んだのは最初だけでここからカオリの手の成長が止まり、そうこうしてるうちにミサトの切った四萬(ドラ)を竹田アンナがポンする。
「うわ。ドラポンかあ」
しかしその鳴きでカオリに届いた牌は最高だった。
ツモ赤5!
打六
ピンズを引いてもソーズを引いても3面張が残る最強のイーシャンテンまで漕ぎ着けた。しかも一気通貫の目まである。
(あの配牌がイッツーとは……9索残しにこんな意味があったなんて…… カオリ凄いな)とマナミは感動していた。
さあピンズを引いてテンパイか? それともイッツー確定の1索引きとか?
カオリが引いてきたのは想像以上の牌だった。
ツモ赤伍!
「リーチ!」
「え、気合い入ってるなあ」とミサトが直感する。
「これはヤバそうだ」スグルもこのリーチには押せなかった。
「私はドラポンしてんだもんオリれないよっ!」とアンが勝負した牌は7索だった。
「ロン! リーチ一発赤赤…裏。12000!」
強烈! しかしその時カオリの次のツモがポロリとこぼれ落ちる。
コロン
「あ!」
そこにはソーズの1。鳳凰様がカオリを待っていた――
カオリ手牌
赤伍伍④④④234赤56789 7ロン
カオリの手は見事だった。ただ、とてもいいアガリではあったがアンに放銃さえされなければ一発でド高め1を引いて親倍満だったのも事実。
鳳凰ツモの8000オールを逃したカオリはせっかく素晴らしい12000をアガったのに落胆してしまった。知らない方がいいこともある。テンションが下がったカオリに先程までの集中力は無く、甘い牌をスグルに下ろしてしまう。
「お、チー。やっと甘い牌が出たね」
(しまった!)
「カオリちゃんもまだ子供だね。こんなことはよくあるよ。この程度で集中力切らしてたらプロでは通用しないぞ」
「ユウに聞いたんですか?」カオリはスグルに自分がプロ雀士を目指していると話した記憶はない。というか、生涯雀士とは誓ったが、それがイコールプロになることではないし、つまり誰にも自分がプロを目指しているとは言って無い気がするのだが……。
「なんとなくだよ、キミたちこそプロ雀士になるべきだ、そう言う本気度があるだろ。だから目指してて欲しいし、結局はそうなると思ってる。……おっ、ツモ!」
急所が鳴けたスグルはすんなりと1000.2000をツモ。
次局はダマの12000をカオリから討ち取り突き抜けた。
(やっぱり職人は強いなあ。当たり前だけど格が違うわ)そう皆が感じていたが、しかしだからと言って諦めてる奴はこの中には1人も居なかった。
麻雀とは運に大きく左右されるゲームだ。それでありながら、技術介入の余地がある場面がかなり多いのも面白い点で。しかし技術を駆使しても結果勝てるとは限らない理不尽さもある。
例えるなら勉強だ。
学校で習う勉強は社会に出ても役に立たないと言う事が多い。しかし役に立つかも知れないこともある。
ひとつだけ確実なのはそれでも勉強しておかなければ知性を磨くことは出来ないし、なにもしなければ無能無知なままだと言うこと。それでも運だけでラッキーする人生もあり得るがそんなラッキーだけの人生に満足感が得られるかは疑問である。
麻雀も、どんなに鍛えても勝てるとは限らないが鍛えなければレベルはあがらない。素人のままだ。それでもまぐれで勝つ事はあるがそんな下手うったけどまぐれ当たりで勝ちましたみたいな勝利で楽しかったとはなかなかなれない。
しっかり考えて、鍛錬して、真剣に取り組んだ研究の成果で勝ち抜くからこそやめられない楽しさがあるんだ。
しかし、今は運だけでもいい。実力で届こうなどと無理な事は言わないから。スグルさんに勝ちたい! 誰にも、負けたくない!
少女達は全員そう思っていた。
230.第十三話 私の中の佐藤ユウ南2局 井川ミサトの最後の親番 ミサトには非常に期待値の高い手が入っていた。そんな6巡目。ミサト手牌 切り番三三三四七②③④④⑥⑦234 ドラ7 場にはピンズの上がポロポロ出ており⑤-⑧あたりはサクッと引いてこれそうだった。 七切りすれば全箇所で受け入れ豊富なイーシャンテンだ。しかし。ミサト打④『んんんんん??』『井川、これは不思議な選択をしました。何のために七を残したのでしょうか?』『ちょっと、わかりませんね。たしかにこの手に①を引いてしまうと勿体ないとは思いますが……』(解説者さんたちは困惑してるとこじゃないかな。この、ユウがやりそうな選択は。私の中の佐藤ユウがここは七萬を囮に残せと言っているの!)3巡後ミサトツモ⑧『張った! 勝負手』「リーチ」打七 スパッと美しく牌を横に曲げる。その所作一つとってもフリーに通い始めの頃のミサトとはまるで違う。林アヤノを見て習ったプロの所作。井川ミサトもカオリ同様に凄まじく成長していた。同巡カオリ手牌二三四伍六七八④⑤7788 7ツモ ドラ7『あっ! 財前カオリもテンパイしました!』『いやでもこれは、二切りになってしまいますよ!』『もしかして…… いや、間違いない。待ちの反対側となる上の牌を囮として引っ張ることで本命を上だと思わせ
229.第十二話 プロの対応 最終戦南入。勝負は後半戦に突入した。親は左田ジュンコ。 左田は親番だからリーチして攻めたいのと最後の親番をなんとかして維持するために鳴きたいのとで考えが決まらず揺れていた。(メンゼンで行くなら役牌はいらない。でも、仕掛けて行く方針も捨てがたい…… どうする) タンヤオもピンフもつかなくする三元牌の存在は扱いの難しい問題だった。「…すいません…」 ジュンコが第一打から長考する。そんなことは普段ならまずない。決勝戦のプレッシャーがジュンコに大きくのしかかっているのは誰の目にも明らかだった。(ジュンコさんのこんなに長考するとこ初めて見た)《親番のジュンコにとってはここが天下分け目ですからね》ジュンコ1巡目打発 この、ごく普通の切り出しに15秒ほどかけた。その事実が(この局はリーチで攻める。先制リーチの為に目一杯まで広く受けて鳴かれそうな牌はスタートから処分していく!)と宣言しており、危険信号だった。 それを見た白山シオリが(その対応はさすが!)としか言いようのない反応を見せた。「(四)チー」「ロン。1300」白山手牌二三②②②⑧⑧中中中(二三四チー) 一ロン 四萬の方を鳴いてタンヤオに見せかけての一萬をロン。しかも、鳴かなければ四暗刻イーシャンテンの手からの仕掛けである。(くっ! 確信してる鳴きだ。ここで私が決定打を作ろうとしてることを……。や
228.第十一話 ウルトラCの麻雀 シオリとジュンコはここで(絶対にこの最終戦だけはノーミスで打つ!)という心構えでいた。それは立派だったが、カオリとミサトの心構えはそれ以上だった。(最後の半荘だ。絶対に満点を…… いえ、それ以上のウルトラCの麻雀をしてみせる! 今日、いまここで自己最高記録の更新を! いま、自分の枠をブチ破ってやる!!) さながらオリンピック本番で自己新記録を出すつもりのアスリートのようである。 この考え方こそが佐藤スグル直伝のものだ。細かいところは教えてくれないスグルだが、強く生きるとは、勝つとは、それがどういうことか。そんなような話はよくしてくれた。 かつて麻雀部で佐藤スグルはこう教えてくれた――「いいか、そつなく打つな。小さくきれいにまとまろうとすんな。多少危険だろうと構わない。もとより安全と勝利は両立しないものだ。 上手くなくていい。ただ挑戦者であれ! いつだって満点以上を出すつもりで戦いに挑むんだ。そうした時にやっと初めて満点が出るんだよ。ミスしないぞという心構えじゃ80点の正解が限界だからな。120点取るつもりでいて初めて100点が目指せるってこと忘れないこと!」「「はい!」」「力強くあれ! おれたちはチャレンジャーだ! 昨日までは出来なかったことであっても諦めたらいけない! 今日は出来るかもしれないと思って挑むんだよ!」────── この心の持ちようがカオリたち麻雀部の強さなのだった。そして今その心構えの効果が結果に出た。「リーチ」 白山シオリの先制リーチだ。そこに対してカオリは安全牌を持っている。しかし……
227.第十話 最高打点になる手順 池袋―― 雀荘『ペガサス』にて「ナオさん、何見てるんすか?」 財前マナミの実の姉である石井奈央(いしいなお)はパソコンで師団名人戦を観戦していた。「師団名人戦決勝」「へえ、競技麻雀も興味あるんすね」「私の義理の妹がいま決勝戦に残ってるからね」「ええっ!?」「この子。財前香織」「めっちゃ美少女!」「そうなのよ。ちなみに血の繋がった妹もいるけどそっちも美少女プロ雀士よ」「でも、財前って? リングネームみたいなもんすか?」「いや、本当は私も財前なの。親が再婚したからね。でも、そのタイミングで私は自立して家を出てってたから面倒くさいし旧姓の石井をそのまま名乗ってるだけ。いま親の姓は財前なのよ」「えっ、そうなんだ」「私は財前にはならなくていいわ。それよりも、早く私を『泉』にしてよね、テンマくん!」「も、もーちょっとお金が溜まったらね……」「たくう、頼りないんだから!」◆◇◆◇ 水戸―― 雀荘『ひよこ』にて「店長、店長! 最終戦ですよ!」「おお! どうだ、カオリさんは勝てそうか?」「総合ラス目だけど優勝の目はあります。それに、なんだか楽しそう! あの子はきっとやってくれる。諦めてないどころか、ここから逆転するストーリーを考えて楽しんでる。そんな顔してますね」「なら、きっと勝つ
226.第九話 絆読み ──最終戦 井川ミサトはジッと財前カオリを見つめて昔のことを思い出していた。(カオリ…… 私の大好きな友達。高校2年の頃は麻雀部で1番弱かった子が…… それが今はすっかり強くなってプロ意識も高い。しまいには麻雀界最強を決める大会の決勝戦に残って私の敵として立ちはだかるのだからわからないものね、カオリも私も)「リーチ!」 そんなことを考えていたらカオリから4巡目にリーチが入った。ミサトの手はとても勝負などできるものではなかったので徹底して降りたが…… 15巡目、ついに安全牌を失ってしまう。 選択肢は2つだけ。孤立した1索切りか孤立した三萬切り。他の牌は5枚使いスジや宣言牌跨ぎの3枚使い、ドラ周辺牌などでとてもじゃないが切り出せない。1が当たりのケース1.1単騎2.1シャンポン3.1-4リャンメン(あるいはノベタン)この3つのケースであり、それと比較して三は三が当たりのケース1.三単騎2.三シャンポン3.三-六リャンメン(あるいはノベタン)4.三ペンチャン5.三カンチャンこの5つのケースがある。つまり数字の理論上は1索の方が通るように思えるが…… それは間違いだ。(果たしてプロ意識を持っているあのカオリが4巡目リーチで愚形三萬待ちなどするだろうか? ましてこれは映像対局だ…… あの子なら……)
225.第八話 麻雀界最強を目指して『間もなく最終半荘となるわけですが、先ほどのゲームはいかがでしたか小林プロ』『いやーー! さすがでしたね、いいものを見ました。あのままやられる井川プロではないと思っていましたがあそこまで復活するとは』『昔から言いますからね「虎は傷ついてからが本物である」って』『ヒンズー教徒のことわざでしたっけ。となると、今回の半荘で傷ついたもう一頭の虎が今度は気になりますねー』『財前のことですか』『はい、彼女もまた虎の牙を持つ獣でしょう。私達と同じですよ』『……ですね。面白い試合を期待しましょう!』「ねえ、白山」「はい?」「あと、1時間もしたら決着ね」「はあ、だいたいそんなもんですね」「寂しくない?」「……?」「私は、この勝負が終わっちゃうと思うと寂しいわ。50も過ぎるとね…… こんないい試合に出会えたこと、それ自体がもう、感動で。なかなか無いわよ、今日みたいな面子でこんな大舞台で打てる機会は」「……そういうものですか」「あなたはこれから先もきっと決勝戦に何度も残る。優勝だって何度もすると思うわ。でも私は違う。現にそんなことにはならなかった人生を半世紀歩んできたから分かるわ。だから、今日この日がずっと前から楽しみだったし、あと1時間くらいで終わるなんて寂しいのよ」「でも、ジュンコさんは最近成果を上げてます。結果だけ冷静に見て考えると『強くなった』という事ではありませんか? 何か、以前とは違うことを始めて、それが効果を出したみたいな可能性はないんですか?」「無い無いそんなの! あるわけないって。たまたま偶然だよ」「そうですか…… それにしては今日の麻雀、